春のポカポカした陽気のこの時期、子供の成長を健やかに願う行事の一つに「こいのぼり」というものがある。
こいのぼりとは、布やポリエステルなどで作られている黒い魚や赤い魚、青い魚をした魚が、ポールなどの柱に結び付けられて、外で川のように元気よく泳ぐ魚のことだ。
そして、そんなこいのぼりには、昔から色々な由来や風習があると言われている。
そこで、こいのぼりにまつわる由来や風習について紹介しよう!
目次
こいのぼりにまつわる由来は色々とある!
こいのぼりにまつわる由来について、いくつか話していこうと思うが、実のところ、こいのぼりの由来は、以下のとおり色々とある。
【こいのぼりにまつわる由来】
|
なので、こいのぼりにまつわる由来をより良く知るために、まずは、以下の基本的な知識から軽く抑えてから読み進めていくといい。
【こいのぼりの基本的な知識】
|
といった基本的な知識を抑えることができたら、さっそく一つ目の由来について確認してみよう。
こいのぼりは江戸時代から始まった!?
一つ目のこいのぼりの由来は、江戸時代から始まったという説がある。
けれど、この説を説明する前に、まずは、江戸時代の武家の間で行われていた風習を先に知る必要があるので、以下のとおり確認してみるといい。
【武家の間で行われていた風習】
|
といった風習を祝い事として行っていた。
ここで馬印や旗印などの幟について軽く説明しておくと、「自分の出所を示す家紋やシンボル」のようなものだ。
それで、これらの幟を玄関に飾る理由は、以下のためだと言われている。
【馬印や旗印などの幟を飾る理由】
|
などの理由でこれらの目的は、簡単にいうと、天の神様へ伝えるために、長年、この風習を武家の間で続けられてきたのだ。
・・・ここまでがこいのぼりが誕生するまでに知っておくべき風習。
さて、この風習を元で、「どのようにしてこいのぼりが生まれたのか?」というと、まずは、以下のとおりの流れを確認してみるといい。
【こいのぼりが誕生するまでの簡単な流れ】
|
といった以上の流れで、鯉のぼりが使われるようになっていったという。
けれど、ここで「なぜ、一般庶民は、馬印や旗印などの幟を使わずにこいのぼりを使ったのだろうか」と思わないだろうか?
その場合は、以下の理由が最も大きいと考えられる。
- 出所を示す家紋やシンボルがなかったため。
この理由のために、馬印や旗印などの幟を使えなかったらしく、もう一つの理由は、武家以外の者が幟を使うことをできなかったから。
要するに、身分の低い一般庶民や町人には、馬印や旗印などの幟を使うことを、武家の人達は、そもそも許すはずがなかったためだ。
そのため、身分の低い一般庶民や町人は、馬印や旗印などの幟の代わりに鯉ののぼりを使うようになっていったという。
結局のところ、その背景には、「ガチガチな身分差別社会」がそこにあったからだと言える。
こいのぼりが使われたのは中国の故事が由来!?
さて、ここで鯉をのぼりとして使うようになった最大のきっかけは、以下の伝説のお話が関係していることを知っているだろうか?
- 竜になった鯉の伝説の話。(中国の故事。)
もしも、このお話について知らないなら、以下のこんな簡単なストーリーがあるので、軽く読んでみるといい。
【竜になった鯉の簡単なストーリー】 「昔々、中国の黄河上流にある「竜門」という滝があった。 その滝は、急な流れになっており、滝を登り切ることができた鯉には霊力が宿り、龍になると言われていた。 ある時、一匹の鯉が、激しく落ち続ける滝の水に逆らいながらも、懸命に滝を登り続けていた。 そして、滝を登り切った、まさにその瞬間! 鯉の体が、まぶしい光を放ち輝きながら、龍へと変身して、悠々と天に昇っていきましたとさ。」 |
この伝説のお話からあるように中国では、龍を皇帝の象徴として捉えているようで、鯉は、「縁起の良い出世魚」として扱っていたという。
ちなみに、難しい試験や関門を突破するために、使われる「登竜門(とうりゅうもん)」は、この中国の故事から来ている。
その意味は、以下のとおり。
【登竜門の意味】
|
そのため、こんな縁起の良い伝説のお話があると知った江戸時代の庶民や町人は、このストーリーの中で出てくる鯉をのぼりとして使うようになったわけだ。
もちろん、意味としては、以下のとおり。
- 人生の中で、たとえ困難なことに遭遇しても、この鯉のように立派に立ち向かい、やがて成功しますように
と自身の子供の健やかな成長と立派に出世することを願うようになった。
これが、江戸時代の庶民や町人が、鯉をのぼりとして使うようになった最大の理由なわけだ。
こいのぼりの上についている吹き流しは昔からあった!
二つ目の由来は、こいのぼりの上についている吹き流しの説で、そもそもこいのぼりが誕生する前からあったことを知っていただろうか?
吹き流しとは、ヒラヒラした布を柱などにつけて現在の風の強さや風向きがどのくらいあるのかを目視で確認することができる風見鶏(かざみどり)のような設備のことだ。
けれど、昔の吹き流しでは、以下のようなことに使っていたらしい。
【昔の吹き流しの使用例】
|
などのために吹き流しを使っていて、どちらも神様に対するお願いや降臨を目的にしていた。
そして、これらは、少なくとも「戦国時代に使われていた」という。
そのためか、玄関に飾る馬印や旗印などの幟も目的は、神様へのお願いや降臨を目的として使っていたので、これらの幟も「吹き流しへやがて変化していったのではないか」と考えられるわけだ。
その後、吹き流しに使われる布は、以下の説により、カラフルな布へと変化することになる。
吹き流しの色は陰陽五行説が有力!
吹き流しの色が、色とりどりなのは、古代中国の「陰陽五行説」が大きな影響を与えたという。
陰陽五行説とは、天地万物は、「木・火・土・金・水」の五つの要素で形成されているという考え方。
それで、この五つの要素は、それぞれ要素の色で表すとこのようになるそうだ。
【五つの要素の色】
|
と五つの要素を上記のそれぞれの色で表される。
これが、吹き流しをカラフルな色にした有力な由来だ。
この他にも吹き流しの色が、五色の色になった理由には、以下のような説もある。
【吹き流しが五色の色になった説】
|
などの説もあるため、実際にどの説が起源でいつ吹き流しに色がついたのかは、はっきりとは分かっていない。
けれど、これらの説を色々と総合し、推測していくと、以下の考えで現在のこいのぼりが出来上がったのではないかと思う。
- 吹き流しに五色の色がつく+江戸時代に発案されたこいのぼり=明治時代以降に合体!
まぁそれでも、このような由来には、色々な説や考えが存在するので、実のところ、何とも言えないのが実情なわけだが・・・。
鯉のぼりの一番上にある天球の変化!
最後の由来は、鯉のぼりの一番上にある天球の変化説についてだが、実は、招代(おきしろ)という神様を呼び寄せる目印が、変化したことで「天球ができたのではないか」と考えられている。
それで、「招代」から「天球」になるために変化した具体的な流れが以下のとおりだ。
【天球になるための具体的な流れ】
|
といった流れで変化。
駕籠玉は、江戸時代の末には、既に球状の駕籠を竿(さお)の頭に指していたらしく、それらを金箔(きんぱく)で装飾して使っていたらしい。
つまり、現在の形に近い使い方で天球は使われていたというのだ。
そんな天球の役目は、神様が降りるための目印とされてきたわけだが、音が鳴らないことに問題があった。
なので、神様に「ここに男の子がいますよ~」と知らせるには、もの足りなかったという。
そこで、カラカラと音がなる「矢車」を天球の下に加えて、音を鳴らすことで、神様が降りるための目印をより分かりやすくしたそうだ。
そして、そんな「矢車が選ばれた理由」が、以下のとおり。
- 武将の持つ弓矢に由来しているため。
だそうで、矢には、昔から魔除け(まよけ)としての効果や音を鳴らすことで悪い鬼を追い払う力があったとされる。
そのため、天球の下につけ加えて、神様を呼び寄せる目印として「矢車」が選ばれたというわけだ。
このことからこいのぼりには、色々な風習と思想、そして多くの由来がたっぷり詰め込まれている、「なんて奥深い伝統行事なんだ」と思わず感服せずにいられなかった・・・のです。
男の子の成長と出世を願うためにこいのぼりを飾ろう!
さて、ここまでこいのぼりにまつわる由来や風習について色々と話してきたが、理解してもらえだだろうか?
もしかしたら、複雑すぎて理解できない箇所があったかもしれない。
けれど、こいのぼりは、日本に古くから伝わる伝統的な行事である事実には変わりはないので、男の子の健やかな成長と出世を願うために、外にこいのぼりを飾ってみてはどうですか?